事例から考える保育士等の処遇改善等加算の課題と意義について

保育士等 処遇改善等加算

A法人は関東を中心にさまざまな形態の園(認可保育園・認定こども園・認可外保育施設・企業主導型保育施設)を6園ほど運営している。
もともと幼稚園からはじまったが、新制度によってこども園に移行した。また、こども園に移行していない認可保育園も運営している。さらには地域のニーズに応えるために自治体認証の一時預かり事業や小規模保育園を開設したり、昨今の保育士不足に対応するために職員の子どもを預けられる企業主導型保育園をつくったりと、法人内の園運営がとても複雑になってきた。
そのため、法人設立当初からある賃金制度や評価制度といったものは、まったく意味をなしていない。

そんな中、処遇改善等加算ⅠⅡの運用が本格的に始まった。しかし、導入を進めるうちにいくつかの壁にぶつかった。法人の園は5つの異なる形態に分かれており、加算の額が施設ごとに異なった。全く加算がもらえないという園もあった。さらに管轄の自治体ごとに独自の運用があることも分かった。
加算Ⅱについては、各園ごとに役職者を選定しなければならないのに、園ごとにキャリアの偏りが見られ、法人内の全体の職員で捉えている評価とかなりの差が生じてしまった。役職は法人内でも公表される。人数に縛りがあるために全員の納得が得られないまま任命された副主任は、加算Ⅱをつけたことによって上司の主任の給与や他園の先輩職員との差がなくなってしまい、職員間の不和が広がってしまった。加算が付かなかった職員からは、より条件の高い園への異動の希望と、加算の高い園への転職という問題が起こってしまった。
そもそも従来の評価制度や賃金制度も確立できていない中でどのように組織を立て直していくか、大きな問題を抱えている。

課題1:複数の園を運営している場合、加算の種類や額が 異なる。自治体ごとにも異なる

解説:
処遇改善等加算が支給される施設は「認可保育園(施設型給付・地域型給付)・認定こども園・幼稚園(施設型給付)・認 可外保育園の一部(企業主導型保育事業)」ですが、規模や種別で単価が異なるほか、自治体独自の加算もあるため、地域 を越えて複数の種別の施設を運営する法人は、職種やキャリアが同じでも配分される加算が異なり、職員の給与に大きな差 が生じてしまうという問題があります。

対応策:
原則として加算は施設の職員に配分しなければなりませんたが、平成30年度より、5年を限度に加算額の20%以内までは同 一法人内の他園に分配することが可能になっています。認可外保育施設など、加算が全く付かない園に加算が付く園から少 しずつ配分・調整することによって格差を解消し、同時進行で労務環境を整備します。

課題2:加算Ⅱは「技能」と「経験」を積んだ職員に係る 追加的な人件費の加算だが、園ごとの相対評価となるため、 法人全体で見たときに不合理や職員間の不和が生じる。

解説:
加算Ⅱは新たな役職として「副主任」・「専門リーダー」(4万円/月)、「職務分野別リーダー」(5千円/月)を配置・ 発令し、「月額で」加算を支給するしくみです。「経験」を測るうえでの基準としては、副主任クラスは概ね7年程度の キャリア、職務分野別リーダーは概ね3年と定められており、「技能」については指定の研修を受講したことによって認め られます。
これらの役職についての配置人数は、組織に応じて自由に決められるというものではなく、子どもの数や施設の種類に応じ た、「みなしの職員数」に基づいて自動的に決定されます(副主任・専門リーダーはみなし職員数の1/3、職務分野別リー ダーは1/5)。そのため、施設によっては平均年齢が若く、4万円もの手当を増額するほどの職員がいなかったり、逆に経 験豊富な職員が多数いることで人数の制限によって手当がつかず、他園の後輩職員と給与が逆転してしまうという問題が 生じます。

対応策:

  1. 施設内の役職決定においては特例ルールがあり、工夫次第で柔軟な配分が可能です。
    • ◆ 4万円を支給に相応する職員が少ない
      算出された人数の1/2までは4万円を支給しなければならないが、残りは5千円以上4万円未満で配分できる。 さらに職務分野別リーダーの5千円にも上乗せすることができる。
    • ◆副主任に4万円を支給すると主任の給与を超えてしまう
      主任に対し、副主任の加算から5千円以上4万円未満で配分できる(園長・副園長は不可)
  2. 法人全体の職員で見たときの賃金の不均衡には施設間の人事異動も検討する

    中途採用が増えてくることで、法人の施設間において若手やベテランが集中するといった職員の不均衡が起こった 場合には、無理のない範囲で人事異動を行うことも有効です。保育士資格と幼稚園教諭免許を一方しか持っていな い場合と両方持っている場合で配置できる施設が異なりますが、こども園化の流れを汲んで特例の研修制度(保育 教諭の養成)もあり、積極的に育成していくことで選択範囲も広がります。

  3. 保育士や幼稚園教諭以外の職員にも配分可能

    処遇改善等加算はⅠⅡ両方とも、施設で働く職員であれば資格を問いません。調理師に食育リーダーを任命しても いいですし、看護師に医療面に関する専門リーダーを任命することもできます。また、正職員に限らずパートに一 時金の加算Ⅰを配分することもできますし、役職者として加算Ⅱの手当をつけることも可能です。潜在保育士の活 用や多様な働き方がますます進む中、時間制約のあるパート職員にも経験豊富な方は増えていますので、適切な評価ができるようにしておくことが重要です。

課題3:既存の評価制度やキャリアパスというものが馴染んでいない。

解説:
認定こども園と認可保育園の違いを見ると、乳幼児の保育と幼児教育という観点では求められるもの、専門性がそもそも異なっています。また、こども園に関しては、幼稚園や保育園からの移行や双方の合併によって設立されることが多いため、組織の再編や職種の追加による職務分掌・キャリアパスの再構築が必要となります。こうした整備が進んでいなかったり、法人内の異なる施設の違いに対応できておらず、適正な評価ができていない状況があります。

対応策:

  1. 経験に応じた評価

    専門職としてこれまでの経験を賃金に反映させるのは必須です。その際、「施設経験」「職務経験」の違いに留意した評価を整備することが重要です。そして、たとえ同一法人内であっても、配属されている施設によって求められる経験値は異なります。乳児保育と幼児教育の違いや求められる安全衛生の基準の違い、障害児保育・教育の経験、保護者対応の違い、行事の規模の違いなど、施設ごとに職務内容の違いから経験に対する評価割合を変えることも考えられます。
    (例)認可保育園:過去の経験を測る上で認可保育園での経験年数は100%、幼稚園教諭経験は90%、認可保育園での保育補助(無資格)の経験年数は80%というように係数を掛けて年数を調整する。

  2. 専門職としての意識醸成と育成の強化

    処遇改善等加算Ⅱが導入された背景としては、保育士・幼稚園教諭(保育教諭)または施設職員の専門性の強化と、再評価への期待が込められています。賃金が低い理由として、職業に対する評価が認められていない現状があるためです。しかしながら、すべての職員が高い専門性を持って職業に就いているかというと、現場での経験だけでは専門性を磨くことができず、キャリアアップにつながっていないという状況もあります。より高度な知識と経験を積み上げる働きかけと、それを評価につなげる仕組みをつくることも重要です。

  3. 職員間の人間関係にも配慮

    保育園等の職場において、保育士等の職員は「評価される」こと自体になれていないという特徴もあります。本来、評価とは職員に現状を適切に分析してフィードバックし、モチベーションを上げながら一人一人を伸ばしていくためのものです。単に賃金額を測定するためのものさしではなく、育成のためのツールとして考える必要があります。

まとめ

保育士等の処遇改善等加算については、運用の難しさなどから、効果的に導入できている施設はごく一部に限られているといえます。しかしながら、本来の目的や目指す方向性を労務の専門家である社労士がサポートしていくことによって、この制度の意義が深まり、乳幼児教育という社会全体にとって重要な役割を担っている保育業界の質は確実に向上させることができると考えられます。

 

菊地加奈子